八幡車のからくり人形

 

下門区八幡神社が氏神様として崇敬しています祭神は、譽田別命(ほんだわけのみこと)こと応神(おうじん)天皇です。

応神天皇が御幼少にございましたので、神功(じんぐう)皇后は摂政として三韓征伐や東夷西戒、南蛮、北てきを征し、 弓を外し剣を治め平和な御代を築き、西暦269年4月17日崩御なされました。
そして、
西暦270年正月15代の応神天皇が即位なされ、軽島豊明宮に遷都なさいました。

これらの事を「弓八幡」と題し、室町時代に観阿弥こと世阿弥三郎元清が能楽として作られました。その一部を前山で、さらに、上山では「金札」の一部を能楽観世流の謡いに合わせからくり人形が踊ります。

前山の人形は、凛々しくも気品に溢れた顔立ちの応神天皇です。
上山の人形は、神功
皇后と武内宿弥(たけにうちのすくね)です。

これらのからくり人形は、人形師六代目玉屋庄兵衛作であり、 中でも武内宿弥は眉毛や髭がいかにも生えているかのごとく生き人形とも言われています。


        
前山人形

「弓八幡」の謡に合わせて舞う 「応神天皇」


上山人形

「金札」の謡に合わせて舞う「 神功皇后」と「武内宿祢」の2体のからくり人形
 

 

練習風景の紹介

人形の練習はかなり大きなスペースが必要なので、公民館ではできません。
そこで、隣に位置する生産組合の作業場で行います。
が、ここは隙間風が入ってとても寒いのです。

2005年はとても寒かった。お神酒をいただきながらの練習でした。
クラブのメンバーの顔がチラホラ見えます。
彼らの献身的な活動が下門組八幡車の祭り文化を支えています。

前檀の「応神天皇」は「弓八幡」の謡に合わせて舞います。

舞いはあくまで優雅でなければなりません。
3人の息がピッタリ合わないと優雅さはでません。
繰り返し繰り返し、からくり糸の曳き加減を確認します。
どこやらの大道芸人のような「うまくいったらお慰み」とはなりません(^O^)

 

高欄の「 神功皇后」と「武内宿祢」の2体は「金札」の謡に合わせて舞います。
2体とも前後左右に動くので、専用練習台があります。

本番では山車の最上階で操作しますが、足場が不十分のためたいへんです。
狭い場所に5人がギュウギュウに詰め込まれ、動きの激しい人形を操作すのは、とても体力が要ります。

こちらも2体の連携プレーがとても大切ですから、繰り返し繰り返し練習します。

人形を操作すればとうぜん糸は消耗します。しかし、からくり糸は絹糸でとても高価です。
どんな糸をどのくらい使っているか?次をお楽しみに(^O^)


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